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    <title>JunkDarkの勉強部屋</title>
    <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/</link>
    <description>日蓮大聖人の仏法を御書に学ぶ</description>
    <language>ja</language>
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    <category>Weblog</category>
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      <title>JunkDarkの勉強部屋</title>
      <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/</link>
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    <item>
 <title>仏教ツウ史　その１　ブッダ</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/419</link>
<description><![CDATA[　<b>はじめに</b><br />
　鯖板で、<a href="http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/8831/1319538124/46" target="_blank">まよゐさんのリクエスト</a>がありましたので、仏教の歴史を書きたいと思います。<br />
　正直、何回連載になるかも判りません。（＾＾；<br />
　なるべく正確に記述したいのですが、性格が性格なんで脱線するかと思いますし、クレームが付いて中止するかも知れません。<br />
　なんで、仏教通史と言うより仏教ツウ（痛い書き手）史になります。（＾＾）<br />
　また、内容も私JunkDarkが信仰者として書いてますので、都合の良い様に取捨選択します。<br />
　「法華経が後世の創作だ」とか「漢訳が不完全だ」とかは、ここでは基本論議しません。<br />
　御書にもあるように<b>「真偽未決の問題となるものも信行に資するものは之を取る」</b>精神でいきます。<br />
　<b>ブッダ</b><br />
　言わずと知れた仏教の始祖。（＾＾）<br />
　まずは、ブッダから始めましょう。<br />
　本名はゴータマ・シッダッタ<br />
　インドの北、ネパールのルンビニ出身。<br />
　カピラヴァストゥ国の王子として生まれた。<br />
　別名はいっぱいあって。<br />
　釈迦牟尼世尊、釈迦尊、釈尊、釈迦牟尼仏陀、釈迦牟尼仏、釈迦仏、釈迦牟尼如来、釈迦如来、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三仏陀と仏典によって名前が変る人なのでややこしい。<br />
　他にも十号（如来十号）と言って、如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏世尊の称号もある。<br />
<br />
　生誕は紀元前５世紀から４世紀あたりが在世と言われているが、諸説あって確定していない。<br />
　日蓮大聖人は<br />
　1273(文永10)年の「波木井三郎殿御返事」にて<blockquote>但し仏滅後今に<font color="#FF0000">二千二百二十二年</font>なり</blockquote>とあるし、<br />
　1276(建治2)年の「報恩抄」では<blockquote>此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に<font color="#FF0000">仏滅後・二千二百二十五年</font>が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず</blockquote>とある。<br />
　大聖人は伝教大師最澄の「末法灯明記」で書かれた紀元前９４９年に入滅した説を取られていると思われます。<br />
　８０才で入滅したいうので紀元前１０２９年に生誕した事になるね。<br />
　説によって５００年ぐらい差があるので、論争が多いのです。<br />
<br />
　さて、ブッダは１９才で出家して３０才で悟りを得た（日蓮大聖人は３０才成道説を取られている。諸説によって２９才出家３５才成道や３６才成道もある）人なんですが、生まれた時から逸話があって生まれてすぐに歩いて右手で天を差し、左手で地を差し「天上天下唯我独尊」と言ったとか。<br />
　これだけで十分に伝説の人なんですが、この王子様は幼い頃から世の中の「無常」に物憂げう人だったらしい。<br />
<br />
　長阿含経に出家のきっかけとなった話（四門出遊）がある。<br />
　ある日、王子が城の東門から馬車で出かけます。<br />
　途中で、杖を突き、白髪、歯は抜け落ち、全身シワシワの痩せ衰えた息も絶え絶えの一人の老人を見た。<br />
　王子は馬車の御者に聞いた。<br />
　王子「この人はなにものか。どうしてこのような姿なのか？」<br />
　御者「これは老人というものです」と答えた。<br />
　王子「この人だけが老人になるのか」<br />
　御者「人間は誰もが年をとれば、必ずこのような老人になります」<br />
　王子は「誰もが老いる」と聞き、遊びに行く気持ちは消え失せ塞ぎ込んでしまった。<br />
　王子は従者に言って予定を変え城に引き返す事にした。<br />
<br />
　出かけたはずの王子が、帰ってきたの見た父王は従者に聞いた。<br />
　父王「なぜ戻ってきた？」<br />
　従者「なんでも道中に老人にあってから、落ち込んでしまわれたようです」<br />
　父王は昔に師から言われた「この子は将来出家する」という言葉を思い出していた。<br />
　父王は楽しい事があれば心配ないと、王子の為に女性と宴席を設けてみるが王子の心は晴れなかった。<br />
<br />
　二度目の外出は南門から。<br />
　今度は途中で、腹を押さえ身悶え顔が黒くなった病人の、苦しむ姿を見た。<br />
　王子「あの男はどうしたのか？」<br />
　御者「あの男は病気に罹っているです」<br />
　王子「誰でも病気にかかるのか？」<br />
　御者「誰でもです。貴族も貧乏人も病気にかかります」<br />
　王子は「誰もが必ず病気になります」と聞き、遊びに行く気持ちは消え失せ塞ぎ込んでしまった。<br />
　王子は今度も従者に言って予定を変え城に引き返す事にした。<br />
<br />
　出かけたはずの王子が、また帰ってきたの見た父王は従者に聞いた。<br />
　父王「なぜ戻ってきた？」<br />
　従者「なんでも道中に病人にあってから、落ち込んでしまわれたようです」<br />
　父王は昔に師から言われた「この子は将来出家する」という言葉を思い出していた。<br />
　父王は楽しい…(ry<br />
<br />
　三度目の外出は西門から<br />
　今度は途中で、葬列の人々と出会った。<br />
　王子「あれは何の行列なのか？」<br />
　御者「あれは死者を送る行列です。」<br />
　王子「誰にでも死はあるのか？」<br />
　御者「すべての者が死んでいくのです」<br />
　王子「死者とはなにものか」<br />
　御者「この死者は、親兄弟とはもう二度と会えなくなってしまったのです」<br />
　王子「それではわたしも死ななければならないのか。そして親兄弟とも二度と会えなくなるのか」<br />
　御者「そうです。私も王子もいずれは死ぬべきものであり、避けることは出来ません」<br />
　王子は「誰もが必ず死ぬ」と聞き、遊びに行く気持ちは消え失せ塞ぎ込んでしまった。<br />
　王子は今度も従者に言って予定を変え城に引き返す事にした。<br />
<br />
　出かけたはずの王子が、またまた帰ってきたの見た父王は従者に聞いた。<br />
　父王「なぜ戻ってきた？」<br />
　従者「なんでも道中に葬列にあってから…(ry<br />
<br />
　最後の外出は北門から<br />
　今度は途中で、托鉢中の沙門と出会った。<br />
　王子「この人は何者なのか」<br />
　御者「出家した修行僧であらゆる欲望を離れ､ひたすら心の平静を求め修行している人です」<br />
　王子は、そう聞き心が晴れ渡る気持ちになりました。<br />
　王子は沙門に質問します。<br />
　王子「沙門になるにはどうしたら良いですか？」<br />
　沙門「頭を剃り、袈裟を着て托鉢をするのです。あらゆる欲望を離れ､ひたすら心の平静を求め修行するのです。」<br />
　王子は、自らも出家を決意したのです。<br />
<br />
　と言う四門出遊（しもん-しゅつゆう）の話なんですが<br />
　なにせ王子なんで、出家するなんて当然に周囲は大反対する。<br />
　父王も父王で、女あてがって五欲満たせば出家しないだろうとするあたりが何ともはや･･･。（＾＾；<br />
　こうして王子は１９才の１２月８日夜半に家出をして、出家してしまいます。<br />
　妻子を捨てて出家してしまうんだから、穿って見る人なら「ひどい人だ」と批難するでしょうね。（＾＾）<br />
　王子は以降１１年間あまりに及ぶ修行をします。<br />
　有名な仙人やバラモンの所に行ってみたりしましたが、真の悟りへの道ではないので辞めてしまいます。<br />
　王子は有能であった為に、仙人やバラモンからは「後継者として残ってくれ」と請われますが辞退するんですね。<br />
　「居ても居なくてでもどうでもいい人」ではなく、正に「居なくてはならない人」を地で行くお話しです。<br />
<br />
　真の悟りへの模索で、王子は苦行も試みます。<br />
　骨と皮だけになるような激しい断食行を行いますが、苦しいだけで根本的な人生の悩みの解決にはならないと思い断食行を辞めます。<br />
　同僚の修行僧からは、「苦行から脱落した」と批難されますし、王子から離れて行きました。<br />
　断食で衰えた体を癒した王子は、ガヤー村の菩提樹の下で瞑想に入ります。<br />
　そして３０才の１２月８日未明に、真の悟りを得ます。<br />
　出家したのも、悟りを得た（成道）も共に１２月８日と言うのが、なんとも意義深いですね。<br />
　さて、悟りを得たブッダは、成道の喜びに暫く、その喜びを楽しみます。<br />
　悟りから４９日目ブッダは、「この悟りを説いても廻っても、人々は理解できないだろう」と考えます。<br />
　その時、ブッダの前にブラフマン（梵天）が現れます。<br />
　その悟りを人々に説いて廻れと３度に渡って要請されます。<br />
　「ブッダは、悟りを自分独りのものとして、喜びを満喫しているが、その悟りはいったい何のためであったのか？　教えを説くことは難しいが、人々の救済の為に、その法を説かねばなりません。」<br />
　こうしてブッダは、法を説いて廻る事にしますが、この一旦説法を諦めてしまうエピソード（梵天勧請）は何なんでしょうね？<br />
　法を説く難しさを示すのか？<br />
　悟りを得て独り満足してしまう二乗を戒めてるのか？<br />
　一切衆生の救済という目的の再確認なのか？<br />
　まぁ、何にしてもブッダは以降約５０年間、死の瞬間まで法を説き続けます。<br />
<br />
　こうして諸国を説法に廻り、ブッダは次々と弟子を増やし教団が出来上がってきます。<br />
　中でも有能な弟子を十大弟子といいます。<br />
　・舎利弗（しゃりほつ）智慧第一。<br />
　・摩訶目犍連（まかもっけんれん）一般に目連と呼ばれる。神通第一。<br />
　・摩訶迦葉（まかかしょう）大迦葉とも呼ばれる。頭陀第一。<br />
　・須菩提（しゅぼだい）解空第一。<br />
　・富楼那弥多羅尼子（ふるなみたらにし）富楼那とも呼ばれる。説法第一。<br />
　・摩訶迦旃延（まかかせんねん）論議第一。<br />
　・阿那律（あなりつ）天眼第一。<br />
　・優波離（うぱり）持律第一。<br />
　・羅睺羅（らごら）羅云とも書かれる。密行第一。<br />
　・阿難（あなん）多聞第一。<br />
　彼ら十人については、追い追い書きましょう。<br />
<br />
　ブッダの生涯を細かく書くと、それこそ本数冊になってしまうので、これ位にします。<br />
　別項で書くこともあるでしょう。<br />
　次回は「仏典の結集」の予定です。<br />
]]></description>
 <category>歴史</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/419</comments>
 <pubDate>Sun, 22 Jan 2012 17:30:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>仏教ツウ史　年表</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/418</link>
<description><![CDATA[　判り易いように年表を作っていきます。<br />
　子記事に伴い、年表を編集していきます。<br />
　仏説や、書物によって誤差があります。<br />
　基本的に、御書をベースにしますが、史実や文献考古学などで確定してる年代があれば、それを採用します。<br />
　まずは<br />
<table border="1"><TR><TD>年代</TD><TD>出来事</TD><TD>備考</TD></TR><TR><TD>紀元前1029年</TD><TD>ブッダ誕生</TD><TD>　伝教大師の「末法灯明記」から想定</TD></TR><TR><TD>紀元前949年</TD><TD>ブッダ入滅</TD><TD>　釈迦入滅後、迦葉の呼びかけにより、マガダ国・ラジャグリハの七葉窟において直弟子500人が集合し、釈迦の説いた教えをまとめる（第１結集）。<br>　入滅から100年後、ヴェッサリーにおいて700人の比丘を集め、第2結集が行われた。　このとき、戒律を巡って見解の対立を生じ、教団は「上座部」と「大衆部」に分裂した（根本分裂）。　その後も分裂は続き、２０部に分かれる（枝末分裂）。</TD></TR><TR><TD>紀元前544年</TD><TD>仏滅紀元元年</TD><TD>　スリランカやミャンマーでは、この年を仏滅としている。タイ・カンボジア・ラオスでは翌年が元年。</TD></TR><TR><TD>紀元前4世紀から紀元前1世紀</TD><TD>阿含経成立</TD><TD></TD></TR><TR><TD>紀元前323年</TD><TD>アレキサンダー大王の東征</TD><TD>北西インドまで征服、ギリシャ文化がインドに流入する。</TD></TR><TR><TD>紀元前260年頃</TD><TD>アショカ王</TD><TD>上座部仏教を外護する。</TD></TR><TR><TD>紀元前3世紀</TD><TD>セイロン島（スリランカ）に仏教が伝わる</TD><TD>（スリランカの仏教は上座部仏教）</TD></TR><TR><TD>紀元前150年～50年</TD><TD>『法華経』の成立。</TD><TD></TD></TR><TR><TD>西暦</TD><TD></TD><TD></TD></TR><TR><TD>1世紀頃</TD><TD>ガンダーラで仏像が成立</TD><TD></TD></TR><TR><TD>65年</TD><TD>中国に仏教が伝わる</TD><TD>　迦葉摩騰と竺法蘭の二人の僧が、白馬に乗り都の洛陽を訪れた。<br>　二人に因んで洛陽郊外に建立された中国最初の仏教寺院は白馬寺。</TD></TR><TR><TD>2世紀中ごろから3世紀中頃</TD><TD>竜樹が活躍</TD><TD>　南インドのバラモンの出身。インド大乗仏教中観(ちゅうがん)派の祖、一切因縁和合・一切皆空を唱え、大乗経典の注釈書を多数著して宣揚した。</TD></TR><TR><TD>3世紀頃</TD><TD>サンスクリット仏典の漢訳が開始</TD><TD></TD></TR><TR><TD>4世紀頃</TD><TD>仏典の漢訳が進む</TD><TD>仏図澄（232-348年）や鳩摩羅什（344年-413年）が漢訳をする。</TD></TR><TR><TD>4世紀頃</TD><TD>朝鮮半島に仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>5世紀頃</TD><TD>大乗仏典が中国に伝来</TD><TD>『華厳経』、『法華経』、『涅槃経』など。</TD></TR><TR><TD>538年（552年）</TD><TD>日本に仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>7世紀前半</TD><TD>チベットに仏教が伝わる</TD><TD>　チベット仏教は大乗顕教の諸哲学や、金剛乗の密教までをも広く包含する総合仏教として発展する</TD></TR><TR><TD>11世紀</TD><TD>ビルマに仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>13世紀</TD><TD>タイに仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>13～16世紀</TD><TD>モンゴルに仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>17世紀</TD><TD>カスピ海北岸に仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD>18世紀</TD><TD>南シベリアに仏教が伝わる</TD><TD></TD></TR><TR><TD></TD><TD></TD><TD></TD></TR></table><br />
]]></description>
 <category>歴史</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/418</comments>
 <pubDate>Sun, 22 Jan 2012 17:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>遅ればせながら…。</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/417</link>
<description><![CDATA[　明けましておめでとうございます。<br />
　「青年学会 拡大の年」と、意義深い年がスタートしました。<br />
　年明け早々に、病気しまして寝込んでおりました。（＾＾；<br />
　やっとこ復活です。<br />
<br />
　地区では今年は例年にない事もしてみようと、未来部・青年部との共同活動を行います。<br />
　普段は会合に来れないメンバーに、入場券のデザインを頼んだりと、少しでも参加出来る試みをしてみてます。<br />
　未来部司会の座談会とかね。（＾＾）<br />
<br />
　本年も、よろしくお願いいたします。m(_ _)m<br />
]]></description>
 <category>その他・雑感</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/417</comments>
 <pubDate>Sat, 14 Jan 2012 18:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>同じようで、同じじゃない。でも同じなんです。</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/411</link>
<description><![CDATA[　すでに１ヶ月前の出来事。<br />
　青年教学１級のテキストを作る為に、妙法蓮華経並開結を読んでいた。<br />
　勧持品や寿量品を、研鑽してみると判らない事だらけ…。（＾＾）<br />
　「一度、ちゃんと全文読んでみないと駄目だな」と思いながら読んでいた。<br />
　家にある書籍は殆どが、聖教新聞社刊の物ばかりです。<br />
　亡父は、書籍好きで古い物も多い。<br />
　書棚にあった「三国志」や「水滸伝」は旧仮名遣いの物であった為、中学生の時に読んで「読みにくい本だなぁ～」と思ってました。<br />
　読み切ってから、本屋で文庫の三国志をめくって「げっ、もの凄く読みやすい…(゜゜）」と思った物です。（笑）<br />
<br />
　そんなんもあって、近くの大型本屋で他社の法華経本を見てみる事にしたんです。<br />
　パラパラと散見してみると、結構種類がありました。<br />
　現代語訳の法華経本や、あらすじをマンガにした物もあったりとバラエティに富んでます。<br />
　内容も様々で、「釈尊サイコー」から「日蓮がこう解釈した」まで千差万別。（＾＾；<br />
<br />
　そんな中、鳩摩羅什三蔵訳「妙法蓮華経」の全文が載っている本も当然にあった。<br />
　まぁ、解釈文は釈迦本尊の文上読みなのは仕方がないとして、漢文に目を通すとそこには。<br />
　「隨所應可度　為説種種法　毎自作是意　以何令衆生　得入無上慧　速成就佛身。」<br />
　とあった。<br />
　えっ？<br />
　「隨<font color="#FF0000">應所</font>可度　為説種種法　毎自作是<font color="#FF0000">念</font>　以何令衆生　得入無上<font color="#FF0000">道</font>　速成就佛身。」<br />
　じゃあないの？？？<br />
　何冊か、寿量品が書いてある本を見たが、同じように違う自我偈があった。<br />
<br />
　おおっ、なんだよ。軽い気持ちで他書を見ただけなのに、えらい疑問できちゃったよ。（＾＾；；；<br />
　と、凹んで帰って来たんですが、試験も迫っているので、その疑問を取り敢えず置いといて勉強しました。（＾＾）<br />
<br />
　試験も終わって、その疑問を調べてみると、どうやら底本の違いによるらしい。<br />
　大正に編纂された「大正新脩大蔵経」が東アジアでは広く使われているようです。<br />
　これは「高麗海印寺本」を底本として諸本と校合して編纂されました。<br />
　大正大蔵経を底本にした書籍では「隨所應可度　為説種種法　毎自作是意　以何令衆生　得入無上慧　速成就佛身。」になっているようです。<br />
　大正大蔵経は他部分にも異字だったり、語順が違ったりして誤謬、誤植が指摘されています。<br />
　語順が変っても、レ点の位置が変わるぐらいなんで良いのですが、語が違うと意味が変っちゃうので困ったものですね。<br />
　現在、敦煌やシルクロードで発掘された、未分類の漢訳断簡の研究がされているみたいですので、今後の発表が楽しみですね。<br />
<br />
　御義口伝では「得入無上道」で講義されているから、日蓮大聖人は「宋版大蔵経」を基本にしているみたいです。<br />
　日蓮大聖人が立正安国論をご執筆の為、訪れた岩本実相寺の宝蔵にあった一切経は、この「宋版大蔵経」だったようです。<br />
　実相寺の一切経は、武田氏の侵攻で焼失してしまい、殆ど残っていないとの事です。<br />
<br />
　日々読むお経本の中には異体字の漢字もあったりして、ややこしいです。<br />
　一部の人が、自我偈の「諸天撃天鼓」の「鼓（つつみ）」の文字のつくりがお経本では「皮」で間違っている。と言う人がいます。<br />
　パソコンで打てる漢字では出ないだけで、間違いでもなんでもありません。<br />
　ただの異体字です。<br />
　だって鼓って動物の「皮」を張って造るでしょ。（＾＾）<br />
<br />
　現在、残っている漢訳の法華経は「正法華経」（竺法護訳、2世紀）、「妙法蓮華経」（鳩摩羅什訳、5世紀）、「添品妙法蓮華経」（闍那崛多・達磨笈多共訳、7世紀）の三つ。<br />
　漢訳は幾度となくされていた様ですが、残っているのは三つだけ、他は残っていません。<br />
　日本に一番始めに入って来たお経は「法華経」ですが、どの漢訳法華経かは判ってません。<br />
　ちなみに、「妙法蓮華経」と「添品妙法蓮華経」は漢訳が似ています。<br />
　と、言うか殆ど同じです。<br />
　補足漢訳な感じですね。<br />
<br />
　「正法華経」も「妙法蓮華経」も「添品妙法蓮華経」も寿量品を読むと、どれも「如何にして衆生を成仏させるか」を説いています。<br />
　日蓮大聖人が、鳩摩羅什三蔵の「妙法蓮華経」を元に法華経を広められたのは、なぜでしょうか？<br />
　訳の正確さなどではなく、仏の念願を叶えるのに最適な漢訳経典だったから、その真意が「慈悲」に溢れていたからではないでしょうか？<br />
<br />
　どれだけ、衆生を救えるか？　成仏させるか？　そこに一念を尽くしたいと思います。<br />
<br />
]]></description>
 <category>その他・雑感</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/411</comments>
 <pubDate>Tue, 25 Oct 2011 21:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>「敵の敵は味方」なら、では「味方の敵は敵」か？</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/410</link>
<description><![CDATA[　内戦も戦争です。<br />
　大変な状態ですね。<br />
　リビアのカダフィ大佐が死亡しました。<br />
　これでリビア全土は、完全に反体制・反政府組織の「リビア国民評議会」が掌握した事になります。<br />
　日本のメディアでは「独裁者が討たれた」「内戦が終わった」的な感じでニュースが流れてますが、リビアではこれからが一番大変でしょうね。<br />
　リビアの歴史を見ると一筋縄で収まらないのが判ります。<br />
<br />
　リビアはイスラム・ウマイヤ朝（661年-750年）の頃からイスラム教の国でした。<br />
　ムハンマドがイスラム教の啓示を受けたのが610年なので、イスラム教の歴史の深い国ですね。<br />
　１６世紀からはオスマン帝国の支配下でした。<br />
　オスマン帝国もイスラム教です。<br />
　1911(明治44)年に、イタリア王国が伊土戦争によって植民地にします。<br />
　ここで支配者はキリスト教、国民はイスラム教になりました。<br />
　当然に対立構造が出来上がります。<br />
<br />
　イスラム神秘主義のイスラム教団を率いていた、イドリース一世がオスマン帝国の後ろ楯でゲリラ運動を開始します。<br />
　このイドリース一世も、青年トルコ革命でオスマンからは弾圧されていたんですが、「敵の敵は味方」とオスマンと手を結んだんですね。<br />
　第二次世界大戦では、枢軸国のイタリア・ドイツ相手に北アフリカ戦線で戦います。<br />
　ここでも、「敵の敵は味方」とキリスト教国のイギリスと手を結び、連合国側に付きます。<br />
　戦後、1949年イドリースは「リビア王国（リビア連合王国）」の独立を宣言し、1951年連合国から承認されます。<br />
　当然にイドリースは親欧米路線の国策運営をします。<br />
<br />
　国民は、オスマンの支配下でも搾取はされましたが、同じイスラム。<br />
　独立はしていなくとも、元々のイスラムの部族主義もあって不満は少なかった。<br />
　しかし、散々イタリアに搾取されたのと、19世紀からの民族主義の台頭もあって、イスラムだけの独立「汎アラブ主義」が主流を占めます。<br />
　イドリース一世は、豊富な産油を欧米に売り国益を得ますが、その利益の殆どを親族に分配したのです。<br />
　国民は、恩恵を受けなかったので、大いに反感を募らせました。<br />
　ましてや、大戦中は「イギリス軍」対「イタリア・ドイツ軍」の戦闘で犠牲者も街の破壊も起きています。<br />
　「なんで余所の国の軍隊がウチの国で戦うんだ？」<br />
　「そんなキリスト教連中に恨みこそあれ、媚びを売るなんて」と不満は大きかった。<br />
　そんな中、1969(昭和44)年イドリースのトルコでの療養中にクーデターが起こります。<br />
<br />
　クーデターの指導者が、日本では「カダフィ大佐」と呼ばれる「ムアンマル・アル＝カッザーフィー」です。<br />
　（元々は中尉でしたが、クーデターで大佐になります。）<br />
　イドリース一世国王は、そのままトルコに亡命し、カダフィは「リビア・アラブ共和国（大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国）」を建国します。<br />
　概ね国民からは、無血クーデターもあって認められ大きな混乱もありませんでした。<br />
　カダフィが目指した国は、社会主義のイスラム国家だったので、反欧米イスラエル・親アラブ路線でした。<br />
　（ここでも「敵の敵は味方」とカダフィ政権は比較的イタリアとは友好的です。その為、産油はイタリアに輸出されている。）<br />
<br />
　1970～80年代は、反欧米イスラエルのテロ支援を行ったとして、アメリカからは睨まれもし1986年には米英軍による「リビア爆撃」もされます。<br />
　イタリアは、この空爆情報をリビアに渡し、カダフィは難を逃れます。<br />
　イタリアにしてみれば、石油利権の為に情報を流したとも見れますね。<br />
　この空爆では多数の一般市民の犠牲者が出ています。<br />
　国民は空爆によって、「反欧米」感情に傾きます。<br />
　命からがら空爆を逃れたカダフィは所在を転々としながら、反イスラエルはそのまま、反欧米・親アラブ路線を変化させます。<br />
　反イスラエルで、親イスラエルのエジプトとは仲悪く、他のアラブ諸国がイスラエルと和平するなどもあって、親アラブ路線から親アフリカ路線へ変更します。<br />
　また９．１１のテロには早くからアルカイダに批難をし、2003年には核開発を認めIAEAの査察も受けます。<br />
　2006年には「テロ支援国家」の指定も外され経済封鎖も解かれます。<br />
　2008年にはアメリカと国交正常化し、2009年には、オバマ米大統領と会談もした。<br />
　また、イタリアのベルルスコーニ首相が植民地時代の支配の謝罪・賠償に合意し、国民からも評価は高かった。<br />
　態度を変えたかに見えたカダフィだが、2009年のニューヨークでの国連総会に出席した時には、国連憲章を投げ棄てるパフォーマンスも見せ、「やっぱりカダフィはカダフィか？」とも思わせた。<br />
<br />
　概ね、国際社会でリビアの地位を上げ、イドリース一世の様に親族が富の独占をした訳でもない。<br />
　国民は税が殆どなく、教育も十分に受けられる社会を作った。<br />
　ここ１０年のカダフィの評価は決して低い物ではなかった。<br />
　「国民が豊かになってから、私の贅沢が許される」とまで言ったカダフィ。<br />
　質素倹約を旨としていて、子ども達も贅沢はさせていない。<br />
<br />
　しかし、カダフィは国民の「言論の自由」だけは認めなかった。<br />
　反対勢力は徹底的に弾圧したのです。<br />
　チェニジアのジャスミン革命、エジプト騒乱の波及を恐れたカダフィは武力鎮圧でデモを押え込んだ。<br />
　2011年2月に始まったデモは3月には、鎮圧され政府側の勝利に見えた。<br />
　しかし、このデモ鎮圧では多数の死者（報道では250名超）が出ました。<br />
<br />
　反政府勢力の「リビア国民評議会」は助けを外国に求めます。<br />
　ここでも「敵の敵は味方」とばかりに、欧米に訴えます。<br />
　この鎮圧の非人道性を訴えますが、始めは諸国は乗り気でありませんでした。<br />
　諸国にしてみれば「内政干渉」なんですよね。<br />
　しかし3月12日にはアラブ連盟が、リビアにおけるカダフィ政権の正当性を否定します。<br />
　カダフィの「親アラブ路線」から「親アフリカ路線」に切り替えた事が裏目に出ます。<br />
　アラブにカダフィの味方が居ません。<br />
　3月17日、カダフィは強気にも、反勢力への総攻撃と無差別殺戮をも辞さないと演説してしまいます。<br />
　それが決定打になって、国連安保理は「多国籍軍の空爆」と「飛行禁止区域の設定」の採択を決議します。<br />
　さて、多国籍軍の空爆が開始され、リビアの首都トリポリ、西部ミスラタを攻撃します。<br />
　多数の市民が犠牲になり、その数は1000名を超すとの報道もあります。<br />
　いつも犠牲になるのは、無辜の市民なんですね。<br />
　この空爆もあって「リビア国民評議会」は盛り返し、8月には首都が陥落します。<br />
　リビア政府軍は瓦解し、カダフィは首都を脱出します。<br />
　もうこうなると「リビア国民評議会」側の掃討戦です。<br />
　政府関係者は拘束され、カダフィに賞金を懸けます。<br />
　反政府軍は血まなこになって、垂れ込みや情報を集め、掃討軍を送る。<br />
　で、2011年10月20日にカダフィは発見され殺されました。<br />
<br />
　確かにカダフィは独裁者で、長年指導者として君臨してきた。<br />
　ネットも規制し、言論を封鎖し、デモには銃弾で答えた。<br />
　ジャスミン革命やエジプト騒乱を見ると、ネットの規制も、言論の封鎖も、革命の決定的な切っ掛けにはなっていない。<br />
　デモに対し、暴力が切っ掛けになっている。<br />
　ジャスミン革命では警官の暴力が切っ掛けだった。<br />
　エジプト騒乱では、デモ鎮圧での死者が出た事が切っ掛けだった。<br />
<br />
　サウジアラビアでは、警察の身柄拘束をしてデモの鎮圧をしている。<br />
　イエメンやバーレーンでは警察が、デモ鎮圧にゴム弾や催涙ガスを使っている。<br />
　シリアでは、武力鎮圧と市民に対し、水と食料の供給停止と言う手段を取っている。<br />
<br />
<br />
　イドリース一世は、国民念願の独立を勝ち取ったが、その贅沢さで倒された。<br />
　カダフィは国民を飢えさせない国を作ったが、その頑迷さで倒された。<br />
　カダフィは行った国策は<br />
　・家族手当は約76,000円／年<br />
　・赤ちゃんが産まれるたびに、約532,000円<br />
　・結婚すると、住宅手当て助成金が出る約500万円（無税）<br />
　・教育費大学卒業まで無料<br />
　・医療費生涯無料<br />
　・外国での研修費政府負担<br />
　・大家族の食糧費固定相場<br />
　・薬剤師になるための必要な額　無料<br />
　・大豪邸禁止<br />
　・車の購入費を市が50％負担<br />
　・電気代無料<br />
　・アルコールの売買及び飲酒の禁止<br />
　・ガソリンの価格は10円／Ｌ<br />
　この高福祉社会でも、言論の自由を求めて倒された。<br />
　<br />
<br />
　新政権「リビア国民評議会」は、今後上手く行きますでしょうか？<br />
　チェニジアやエジプトの様に、富の再分配が原因でデモが起きた訳ではない。<br />
　この混乱に乗じて、欧米が石油利権に食い込む事は容易に想像できる。<br />
　同じような高福祉が持続するかは不透明だ。<br />
<br />
　「敵の敵は味方」と欧米に空爆させた国民評議会。<br />
　イスラム社会は「眼には眼を、歯には歯を」ですよ。<br />
　いつまでたっても忘れる訳がない。<br />
　アフガニスタンだって、イラクだって、開放してくれた事と、空爆で殺された事は別物として見てるから米軍は怨嗟を受けている。<br />
<br />
　日本人が米軍の空襲で多数の市民が亡くなっても、そのアメリカと仲良く出来るのは何が原因でしょうか？<br />
　カダフィの「（日本が）広島と長崎に原爆を落とした米国の駐留を認めているのは悲しいことだ。あなたたちの祖父などを殺した国となぜ仲良くなれるのか」との疑問はムスリムとしては当然の疑問なんでしょう。<br />
　この辺の感覚は日本人独特の物かも知れませんね。<br />
　どんな酷い人でも「死ねば仏」と言うか、「罪を憎んで人を憎まず」なのか？<br />
　元寇でも、難破して岸に打ち上げられた元・高麗人は掃討したが、圧倒的多数だった南宋人は保護してる。<br />
　しかし、その討ち取った元・高麗人でも首塚・耳塚を作って弔っている。<br />
　日本人は、米軍を「キリスト教」とは思わないが、十字軍を経験しているイスラムでは「キリスト教」と認識している。<br />
　こう思うのは私が戦後生まれで、戦争を知らないからなのかも知れない。<br />
　でも、この殴られた相手と仲良くしている日本人が、世界で不思議がられているのは事実でしょう。<br />
<br />
　最近はグローバル化してきて、イスラム社会でも対話で解決するようだけど、未だ武力で解決を試みる事もあるようだ。<br />
　（ガザ地区などで散発的に衝突が起きるのは、この考え方が残っているから…。）<br />
<br />
　「敵の敵は味方」は結局は、一方の「敵」が居なくなれば「味方だった敵」は「ただの敵」に戻るだけ。<br />
　「敵の敵は味方」論法は、某法華講辺りが、よくやってますね。<br />
　でも、当たり前に結局は仲違いしてるんだよね。（笑）おっと脱線した。（＾＾）<br />
<br />
　「本当の味方」を作らないと、結局は「自身以外味方がいない」のですね。<br />
　では、一時的な友好ではなく、恒久的な友好はどうやったら出来るのでしょうか？<br />
　その「敵」は、本当に恒久的な「敵」なんでしょうか？<br />
　そう、池田先生の言われる「敵を味方に変える」事が最善なんですよね。<br />
<br />
　「敵を味方に変える」簡単な様で、とても難しい事ですね。（＾＾）<br />
　私は先日、取り敢えず「敵」を「素敵」にまでは、変えて来ました。（笑）<br />
　絶対に「味方」しますよ。（＾＾；；ココカラガイチバンムズカシイ！！<br />
<br />
]]></description>
 <category>政治</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/410</comments>
 <pubDate>Sat, 22 Oct 2011 17:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>青年教学１級　最後に。</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/409</link>
<description><![CDATA[　青年教学１級試験の最初の記事は<a href="http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/359" target="_blank">こちら</a>です。<br />
<br />
　以上で、今回の１級試験のテキストは終わります。　申し訳ありませんが、「日顕宗を破す」のテキストはアップしません。m(_ _)m<br />
　各記事のコメント欄において、予想問題を書き込む予定です。<br />
　あとは細々とした修正はする予定です。<br />
<br />
　何はともあれ、来週が試験日です。<br />
　ラストスパートです。(；ﾟдﾟ)<br />
　皆さん、一緒に合格いたしましょう。＼(^o^)／<br />
]]></description>
 <category>御書</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/409</comments>
 <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 17:15:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>青年教学１級　御義口伝「第廿二自我偈始終の事」</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/408</link>
<description><![CDATA[　自受用身無作三身の妙法の当体。<br />
<blockquote>「第廿二自我偈始終の事」<blockquote>　御義口伝に云く自とは始なり速成就仏身の身は終りなり始終自身なり中の文字は受用なり、仍つて<font color="#FF0000"><b>自我偈は自受用身なり法界を自身と開き法界自受用身なれば自我偈に非ずと云う事なし</b></font>、自受用身とは一念三千なり、伝教云く「一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」云云、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者是なり云云。</blockquote>　（自我偈の「始終」について）御義口伝に次のように仰せである。<br />
　（自我偈の冒頭に「自我得仏来」とあるように）「自」が（自我偈の）始め（の文字）である。（自我偈末尾に）「速成就仏身」とあるように「身」が（自我偈の）終わり（の文字）である。<br />
　（このように、自我偈の文は）始めと終わりで「自身」となっている。<br />
　（初めと終わりの文字の間にある、自我偈全体の）中の文字は、「受用」を明かしている。<br />
　したがって、自我偈は（全体で）自受用身となるのである。<br />
　法界を「自身」と開き、法界がそのまま「自受用身」であるならば、（法界は）自我偈に非ずということはない。（法界は、ことごとく自我偈となるのである）<br />
　自受用身とは、一念三千である。<br />
　伝教大師は次のように釈している。「一念三千の法を、そのまま体現しているのが自受用身の仏である。また、自受用身とは尊形を超え出た仏である。この出尊形仏とは無作の三身ということである」と。<br />
　今、日蓮及びその門下として南無妙法蓮華経と唱え奉る者は自受用身である、と。</blockquote><br />
　自我偈全体が「自身」について説いていることを明かされている。<br />
　また、「中の文字は受用なり、仍って自我偈は自受用身なり」と仰せられて、自身が受け用いる功徳や働きについて明かしているのが自我偈の内容であるとされている。<br />
　言い換えると自我偈は自受用身そのものを説いている。<br />
　「自受用身」とは、仏としての境涯を、他からの力によらないで、自ら悟り、その功徳をありのままに働かせる仏身である。南無妙法蓮華経を人法体一の境涯において所持し、その功徳を成就している本有無作三身である。<br />
<br />
　「自受用身とは一念三千なり」と仰せになり、「人即法」の法理を示されている。<br />
　自受用身とは、「法の功徳を自ら享受する身（自受法楽の身）」の意で、報身と同義である。<br />
　「自受用身」を「ほしいままにうけもちいるみ」と読み仮名がふられている。<br />
<br />
　「一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」は「法即人」を表す。<br />
　「自受用身（ほしいままにうけもいちるみ）とは一念三千なり」が「人即法」を表している。<br />
　（あわせて人法一箇となる。）<br />
<br />
　また伝教が言う「尊形を出でたる仏」とは、凡夫の身を改めることのない、生命本来のままの仏のことである。<br />
　この根源的な仏こそ無作三身に当たるので「出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」と述べられている。<br />
<br />
　「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者是なり」と仰せのように、凡夫の身のままで、一念三千の当体として自身に無作三身を顕し、即身成仏する道を確立されたのが日蓮大聖人である。<br />
<br />
]]></description>
 <category>御書</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/408</comments>
 <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 17:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>青年教学１級　御義口伝「第十九毎自作是念の事」</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/407</link>
<description><![CDATA[　大慈悲の広宣流布の念。<br />
<blockquote>「第十九毎自作是念の事」<blockquote>　御義口伝に云く毎とは三世なり自とは別しては釈尊惣じては十界なり、是念とは無作本有の南無妙法蓮華経の一念なり、作とは此の作は有作の作に非ず無作本有の作なり云云、<font color="#FF0000">広く十界本有に約して云わば自とは万法己己の当体なり、是念とは地獄の呵責の音・其の外一切衆生の念念・皆是れ自受用報身の智なり是を念とは云うなり、<b>今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る念は大慈悲の念なり云云</b></font>。</blockquote>　（寿量品の「毎自作是念〈毎に自ら是の念を作す〉」の経文について）御義口伝に次のように仰せである。<br />
　「毎」とは三世である。<br />
　「自」とは別しては釈尊を指し、総じては十界のことである。<br />
　「是念」とは無作本有の南無妙法蓮華経の一念である。<br />
　「作」とは、この「作」は有作の「作」ではなく、無作本有の「作」である、と。<br />
　（以上は仏の一念に約したが）広く十界本有に約していえば、「自」とは万法それぞれの当体である。<br />
　「是念」とは、地獄の呵責の音や声や、そのほか一切衆生の念々が皆、自受用報身の智である。これを念というのである。<br />
　今、日蓮及びその門下が南無妙法蓮華経と唱え奉る念は大慈悲の念である、と。</blockquote><br />
　「御義口伝に云く毎とは三世なり」と。<br />
　「毎」とは、三世常住の義である。<br />
　「自」とは、十界すべての衆生を意味する。<br />
　「作」とは、本来ありのままの「無作本有」の「作」である。<br />
　「是念」とは、念ずるものの究極の南無妙法蓮華経である。<br />
<br />
　妙法の当体という立場から広く論ずれば、この文でいう「自」とは「万法己己の当体」となる。<br />
　この「念」のいずれもが「自受用報身の智」のあらわれであるということになる。<br />
　「自受用報身の智」とは、十界の衆生の一念一念の働きは、妙法を自分の境涯なりに受け用いる智慧を表しているので、妙法の力を自在に受用する自受用報身の智慧の一分にあたるのである。<br />
<br />
　「御義口伝」では「毎自作是念」の文について、十界全体の立場から釈されていることに特徴がある。<br />
<br />
]]></description>
 <category>御書</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/407</comments>
 <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 16:30:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>青年教学１級　御義口伝「第十一自我得仏来の事」</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/406</link>
<description><![CDATA[　無作三身の仏と悟る自我得仏来の行者。<br />
<blockquote>「第十一自我得仏来の事」<blockquote>　御義口伝に云く一句三身の習いの文と云うなり、<font color="#FF0000"><b>自とは九界なり我とは仏界なり此の十界は本有無作の三身にして来る仏なりと云えり、自も我も得たる仏来れり十界本有の明文なり</b></font>、我は法身・仏は報身・来は応身なり<font color="#FF0000">此の三身・無始無終の古仏にして自得なり、無上宝聚不求自得之を思う可し</font>、然らば即ち顕本遠寿の説は永く諸教に絶えたり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは自我得仏来の行者なり云云。</blockquote>　（寿量品の自我偈の冒頭の「我れは仏を得て自り来」の経文について）御義口伝に次のように仰せである。<br />
　この経文は、この（「自我得仏来」の）一句で三身のことを習得する文である。といわれている。<br />
　すなわち「自」とは九界、「我」とは仏界である。この十界の衆生は本有無作の三身にして来る仏であるというのである。<br />
　この経文は、「自」（九界）も「我」（仏界）も本然的にそなえた仏が来たという意味で、十界本有の明文である。<br />
　「我」は法身、「仏」は報身、「来」は応身である。この三身は無始無終の古仏であり、自ら得たものである。信解品に「無上の宝聚は求めざるに自ら得たり」とある経文を思うべきである。<br />
　したがって、（このような仏を説く）顕本遠寿の説は諸教には絶えて説かれなかったのである。<br />
　今、日蓮及びその門下が南無妙法蓮華経と唱え奉るのは自我得仏来の行者なのである。</blockquote><br />
　この「我れは仏を得て自り来」との自我偈冒頭の句を「一句三身の習いの文」と言うと述べられている。「一句三身の習いの文」とは、この一句に法報応の三身が示されているという意味である。<br />
　仏も九界の衆生もともに「本有無作の三身」の現れなのである。<br />
<br />
　「我仏来」の三文字をそれぞれ法報応の三身に配され、法報応の三身を一身に具えているのが久遠（無始無終）の仏であり、妙法を受持する者は、この三身即一身の古仏を自得するのであると仰せられている。<br />
　「我」は「法身」。<br />
　真理（法）を体とする仏であり、それがまさに仏の「我」だからである。<br />
　「仏」は「報身」。<br />
　菩薩が誓願と行の報いとして獲得した智慧の身を「報身」と言う。また悟り、智慧を得た人の意を「仏」でもある。<br />
　「来」は「応身」。<br />
　衆生を化導するために衆生の機縁に従って種々の形となって出現する仏身を「応身」と言う。また仏が衆生の機縁に応じて出現する（来る）ことを指すからである。<br />
<br />
　「自得」とは他から与えられるのでなく、わが身に自ら得ること。<br />
　妙法を信ずるとき、衆生がわが身に無作の三身如来を開き顕すのである。<br />
<br />
　「無上宝聚」すなわち無作三身如来という最高の境涯を一切衆生は自らの生命にもともと具えている。<br />
　それを妙法を自覚し、信受することによって享受できるのである。<br />
<br />
　この項の結びとして「然らば即ち顕本遠寿の説は永く諸教に絶えたり」と仰せである。<br />
　これは、以上に示された、我々が本来「無始の古仏」であるという法理は、この寿量品以前にはいかなる経にも説かれていない法門である、との意である。<br />
　「顕本遠寿」とは、妙楽の『法華文句記』の言葉で「本の遠寿を顕す」と読む。<br />
　「本の遠寿」とは、文底の義では久遠元初・無始無終の仏の寿命をいう。<br />
　それ故に「今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは自我得仏来の行者なり」と仰せられている。<br />
　すなわち、文底独一本門である「南無妙法蓮華経」を唱える大聖人一門こそ、我が身が無作三身の仏と悟る「自我得仏来」の文を行じている者である。<br />
<br />
]]></description>
 <category>御書</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/406</comments>
 <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 16:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>青年教学１級　御義口伝「第四如来如実知見三界之相無有生死の事」</title>
 <link>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/405</link>
<description><![CDATA[　十界本有の凡夫が無作三身の当体蓮華の仏。<br />
<blockquote>「第四如来如実知見三界之相無有生死の事」<blockquote>　御義口伝に云く<font color="#FF0000">如来とは三界の衆生なり</font>此の衆生を寿量品の眼開けてみれば十界本有と実の如く知見せり、<font color="#FF0000">三界之相とは生老病死なり本有の生死とみれば無有生死なり生死無ければ退出も無し唯生死無きに非ざるなり、生死を見て厭離するを迷と云い始覚と云うなりさて本有の生死と知見するを悟と云い本覚と云うなり、<b>今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時本有の生死本有の退出と開覚するなり</b></font>、又云く無も有も生も死も若退も若出も在世も滅後も悉く皆本有常住の振舞なり、無とは法界同時に妙法蓮華経の振舞より外は無きなり有とは地獄は地獄の有の侭十界本有の妙法の全体なり、生とは妙法の生なれば随縁なり死とは寿量の死なれば法界同時に真如なり若退の故に滅後なり若出の故に在世なり、されば無死退滅は空なり有生出在は仮なり如来如実は中道なり、無死退滅は無作の報身なり有生出在は無作の応身なり如来如実は無作の法身なり、<font color="#FF0000">此の三身は我が一身なり、一身即三身名為秘とは是なり、三身即一身名為密も此の意なり、然らば無作の三身の当体の蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等なり南無妙法蓮華経の宝号を持ち奉る故なり云云</font>。</blockquote>　（寿量品の「如来は如実に三界の相を知見するに、生死の若しは退、若しは出有ること無く、亦た在世及び滅度の者無く」の経文について）御義口伝には、次のように仰せである。<br />
　（経文に説かれている）「如来」とは、久遠実成の釈尊だけではなく、さらには三界の衆生である。<br />
　寿量品の眼を開けて、この三界の衆生を見れば、そのまま十界本有の当体である、とありのままに知見できるのである。<br />
　（また、経文にある、如来が知見している）「三界之相」とは、生老病死である。それを本有の生死と見れば、「無有生死（生死が有るということは無い）」なのである。（「無有生死、若退若出」と経文にあるが）生死が無ければ退出も無いのである。ただ生死が無いということではない。<br />
　生死を見て、厭い離れようとすることを迷いといい、始覚というのである。そのままで本有の生死と知見することを悟りといい、本覚というのである。<br />
　今、日蓮及びその門下が南無妙法蓮華経と唱え奉る時、本有の生死、本有の退出と開覚するのである。<br />
　（また「無有生死、若退若出、亦無在世及滅度者〈生死の若しは退、若しは出有ること無く、亦た在世及び滅度の者無く〉」の文は、次のようにも読むことができるのである）<br />
　「無」も「有」も、「生」も「死」も、「若退」も「若出」も、「在世」も「減後」も、ことごとく皆、本有常住の妙法の振る舞いである、と。<br />
　「無」とは法界同時に妙法蓮華経の振る舞いよりほかには「無い」ということである。「有」とは、地獄ならば地獄の「有りのまま」が十界本有の妙法の全体であるということなのである。<br />
　「生」とは妙法の生であるから随縁である。<br />
　「死」とは寿量の死であるから法界同時に真如である。<br />
　「若退」の故に「滅後」である。<br />
　「若出」の故に「在世」である。<br />
　したがって、（これらを空仮中の三諦に約せば）「無」「死」「退（若退）」「減（減度）」は空諦である。「有」「生」「出（若出）」「在（在世）」は仮諦である。「如来如実」は中道である。<br />
　（また、法報応の三身に約せば）「無」「死」「退（若退）」「減（減度）」は無作の報身である。「有」「生」「出（若出）」「在（在世）」は無作の応身である。「如来如実」は無作の法身である。<br />
　この三身は我が一身である。「一身即三身なるを名づけて秘と為す」とはこのことである。「三身即一身なるを名づけて密と為す」もこの意味である。<br />
　ゆえに無作の三身の当体の蓮華の仏とは日蓮の弟子檀那等である。南無妙法蓮華経の宝号を持ち奉る故である。</blockquote><br />
<br />
　「如来とは三界の衆生なり此の衆生を寿量品の眼開けてみれば十界本有と実の如く知見せり」と仰せである。<br />
　大聖人は、この「如来」とは釈尊に限定されるものではなく、一切衆生のことであると最初に強調されている。<br />
　「寿量品の眼」とは、生と死をくり返して永遠の生命を生きる久遠の仏の悟りの眼である。この眼から見るとき、一切衆生は十界の生命すべてを、もともと具足している「十界本有」の存在であり、一切衆生が一念三千の妙法の当体であることが明瞭になるのである。<br />
<br />
　「三界之相とは生老病死なり」と、三界すなわち凡夫が現実に生きる世界の相とは、衆生が生老病死の諸相を現す世界であることが示されている。現実の存在は、すべて生老病死を免れない「無常の存在」だからである。<br />
　しかし、この「三界の衆生」を、「寿量品の眼開けて」妙法の当体であると如実に知見すれば、「生」も「死」も、「本有の生死」すなわち生命に本然的にそなわった現象である。つまり、「生死」とは、「本有」の体である妙法が現す変化の相にほかならない。<br />
　また「生死無ければ退出も無し唯生死無きに非ざるなり」とは、悟りの眼から如実知見すれば、「生」と「死」だけでなく、現実世界から去っていく「退」も現実世界に出現してくる「出」もないということである。しかし、「生死」が無いということでもない。<br />
<br />
　したがって、「生死を見て厭離するを迷と云い始覚と云うなりさて本有の生死と知見するを悟と云い本覚と云うなり」と仰せである。<br />
<br />
　生死を厭い（嫌い）、恐れるのは生命の真実に暗い「迷い」の姿である。反対に、自己の生死、一切の生死を「本有の生死」すなわち妙法の生死と知見しているのが仏の「悟り」の境涯なのである。<br />
　寿量品の久遠実成の仏は、成仏してから五百塵点劫という計り知れない長遠の期間、衆生を救済するために裟婆世界で生死をくり返す仏であり、生死を厭わないばかりか、裟婆世界で生死をくり返しながら、戦っていくなかに、仏の本来の在り方があることを示している。<br />
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　続いて、「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時本有の生死本有の退出と開覚するなり」と仰せである。<br />
　「退」と「出」は、死と生である。<br />
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　「又云く無も有も生も死も若退も若出も在世も滅後も悉く皆本有常住の振舞なり」以下の御文は、「有無」「生死」「退出」「在世滅後」がすべて本有常住の当体である妙法のあらわす「振舞」であることを示されている。<br />
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　次に「生とは妙法の生なれば随縁なり死とは寿量の死なれば法界同時に真如なり」の御文は、生と死を随縁と真如に立て分けて示されている。<br />
　「寿量の死なれば」と仰せのように、あくまでも本有常住十界三千の当体である生命が現ずる生死の変化相としての死であるから法界（三千諸法）同時に真如となるのである。<br />
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　続いて「若退の故に滅後なり若出の故に在世なり」と仰せである。<br />
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　そして「有無」「生死」「退出」「在世滅後」を、空仮中の三締、法報応の三身の視点から位置づけられる。<br />
　「無・死・退・滅」は「空」で「無作の報身」<br />
　「有・生・出・在」は「仮」で「無作の応身」<br />
　「如来如実」は「中諦」で「無作の法身」<br />
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　ここで大事なのは、「此の三身は我が一身なり」との仰せである。生死の本体である私たちの一身は、本来、妙法の当体であり、この一身に無作の三身を開くことができるのである。<br />
　大聖人は、「此の三身は我が一身なり」と、「三身」といってもどこまでも私たちの「一身」のことであると強調されている。そして、天台の「一身即三身名為秘」「三身即一身名為密」も、「是なり」「此の意なり」と仰せられているように、あくまで凡夫の「我が一身」の秘密を述べているものとして開示されているのである。<br />
　この秘密を開くのが大聖人の仏法なのである。<br />
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　最後に大聖人は、「無作の三身の当体の蓮華の仏とは日蓮が弟子樋那等なり南無妙法蓮華経の宝号を持ち奉る故なり」と仰せられている。<br />
　この項の冒頭に「如来とは三界の衆生なり」と仰せのように、生死生死とくり返す凡夫自身が、十界本有の生命を持ち、「本有の生死」の当体である。<br />
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 <category>御書</category>
<comments>http://kurasi.homeftp.net/~junkdark/item/405</comments>
 <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 12:00:00 +0900</pubDate>
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