日蓮大聖人ご在世の鎌倉時代の人たちの寿命はどれくらいだったのか?


 聖マリアンナ医科大学の平田和明教授が、鎌倉時代に墓地があった鎌倉市の由比ヶ浜南遺跡から出土した人骨を分析しました。
 歯や骨の分析が可能な260体について、亡くなった年齢を調べた結果、15歳未満の子どもとみられるものが77体と全体の3割を占めた一方で、55歳以上は5体にとどまりました。
 平均寿命の推定値は24歳になりました。
 このころの日本人の平均寿命は、分析可能な記録や人骨が乏しいため研究がほとんど行われておらず、奈良時代と江戸時代の記録に基づく研究結果から推定して、30歳前後とされていました。
 平田教授は「平均寿命の短さに驚いた。戦乱や災害、都市の劣悪な環境などさまざまな要因が重なっていると考えられ、中世の都市、鎌倉に住む人たちの多難な暮らしぶりがうかがえる」と話しています。
日蓮大聖人の時代はホント生死が身近な時代だったんですね。
生死一大事血脈抄
妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり(P1336)
日蓮大聖人は「妙は死」「法は生」と仰せになり、妙法に生死は含まれる。
真っ正面から生死に向き合い末法の世に正法正義を打ちたてられた。

蓮華は因果倶時、すなわち原因と結果が今の一瞬の生命に備わっている事を表します。
日蓮大聖人は「依報・正報に現れる因果は、全て蓮華の法である」と言う天台大師の釈を引かれて、依報(環境)と正報(生命)も当体蓮華だと仰せです。
歴劫修行の果てに新たな正報を得る事の出来ると爾前経では説かれてました。
それを「蓮華の法」=「因果倶時の妙法」は、生命が本来持つ無限の潜在的可能性を開き三世にわたる自由自在の境涯をえる事ができると。

2%程しか老人になれない時代では、希望がなくなり念仏称名の世になるのは必然か?
いや、白法隠没したから希望がないのか?

周りがバタバタ死ぬ国土では、「一刻も早く正法を広めねば」と思うよね。