2009/08/11  今、そこにある危機

 今朝の地震には飛び起きました。
 皆さんは、大丈夫でしたか?
 我が家は本が少し崩れたぐらいで済みました。
 被害に会われた方の一日も早い回復をご祈念致します。

 さて、最近の暴風雨や台風、水害など天変地夭が頻発している様に感じます。
 日蓮大聖人も正嘉の大地震が契機なって立正安国論を上梓なされた。

 改めて三災七難を確認してみましょう。

仁王経の三災
(1)刀兵災(戦争)
(2)疾疫災(伝染病)
(3)飢饉災
大集経の三災
(1)穀貴(飢饉)
(2)兵革(戦争)
(3)疫病(伝染病)
薬師経の七難
(1)人衆疾疫難(伝染病が流行り、多くの人が死ぬ)
(2)他国侵逼難(外国から侵略され、脅かされる)
(3)自界叛逆難(内部分裂や同士討ち)
(4)星宿変怪難(天体の運行に異変が起こる)
(5)日月薄蝕難(日食や月食)
(6)非時風雨難(季節はずれの暴風や強雨)
(7)過時不雨難(雨期に雨が降らない天候不順)
仁王経の七難
(1)日月失度難(日食や月食)
(2)衆星変改難(天体の運行に異変が起こる)
(3)諸火梵焼難(大火によって多くの物が消失される)
(4)時節反逆難
(5)大風数起難
(6)天地亢陽難
(7)四方賊来難
法華経の七難
(1)火難
(2)水難
(3)羅刹難(悪鬼による難)
(4)刀杖難
(5)鬼難
(6)枷鎖難(牢獄に囚われる難)
(7)怨賊難
 この他にも、金光明経の諸難もあります。

 今日の災害は「非時風雨難」「時節反逆難」でしょうか?
 地震もありましたから、それ以上ですね。
 先月の22日には日食もありましたので、「星宿変怪難」「日月失度難」もあった事になります。

 ある意味、二大政党で揉めている政界は「自界叛逆難」でしょうか??

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得 (如説修行抄P502)
通解
万民が一同に南無妙法蓮華経と唱えるならば、吹く風は枝をならすことなく、雨は土を砕かないで、世は理想社会となって、今生には不祥の災難を払い、人々は長生きできる方法を得る。
 皆が正法に帰すれば、災害は無くなりそうです。
 立正安国論にも「羲農の世」が出て来ますね。

客則ち席を避け襟を刷いて日く、仏教斯く区にして旨趣窮め難く不審多端にして理非明ならず、但し法然聖人の選択現在なり諸仏諸経諸菩薩諸天等を以て捨閉閣抛と載す、其の文顕然なり、茲れに因つて聖人国を去り善神所を捨てて天下飢渇し世上疫病すと、今主人広く経文を引いて明かに理非を示す、故に妄執既に飜えり耳目数朗かなり、所詮国土泰平天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり、早く一闡提の施を止め永く衆僧尼の供を致し仏海の白浪を収め法山の緑林を截らば世は羲農の世と成り国は唐虞の国と為らん、然して後法水の浅深を斟酌し仏家の棟梁を崇重せん。(立正安国論P31)

 この「羲農の世」の「羲」とは伏羲(ふっき・ふくぎ)の事です。
 古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王です。
 家畜飼育・調理法・漁法・狩り・鉄製を含む武器を発明し、婚姻の制度を定めたらしい。

 「農」とは神農(しんのう)の事です。
 同じく古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王です。
 百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたらしい。
 共に平和な治世だった様で、日蓮大聖人は二つあわせて「羲農の世」と表現しました。

 立正安国論は当時の実質的な統治者の最明寺(北条)時頼宛てに書かれた、国家諌暁の書になります。
 現代では国民主権ですから、諌暁相手は「国民」ですね。
 この一連の災害で、被害を受けているのは国民です。
 その国民を諌暁しなければ災害は止みそうにありません。

大火の事は仁王経の七難の中の第三の火難法華経の七難の中には第一の火難なり、夫れ虚空をば剣にてきることなし水をば火焼くことなし、聖人賢人福人智者をば火やくことなし、(略)其の時賢人ありて云く七難の大火と申す事は聖人のさり王の福の尽くる時をこり候なり、然るに此の大火万民をばやくといえども内裏には火ちかづくことなし、知んぬ王のとがにはあらず万民の失なりされば万民の家を王舎と号せば火神名にをそれてやくべからずと申せしかば、さるへんもとて王舎城とぞなづけられしかばそれより火災とどまりぬ、されば大果報の人をば大火はやかざるなり。(王舎城事P1137)
通解
大火については仁王経には七難の中の第三、法華経では七難の中の第一にあげられている。虚空を剣で切ることはできない。また水を火は焼くことができない。同じように聖人・賢人・福人・智者を、火は焼くことができないのである。(略)そのとき賢人があって次のように言った。「七難の一つにあげられている大火ということは、聖人が去って国王の福運が尽きるときに起こるのである。ところが今起きている大火は、万民の家は焼いても王宮には火は近づいていない。これは王の過失ではなく万民の過失によるものであることがわかる。したがってこれからは、万民の家を王舎と名づければ、火神はその名を恐れて焼くことはできないだろう」と。王はそのようなこともあるかもしれないと思い、王舎城と名づけてみると、それ以来、火災はやんだ。この例でもわかるように、大果報の人を大火は焼かないのである。

 七難の災害が「万民の家」に起こっている現状は万民が謗法をして、「聖人」が去っているからでしょう。現代の王宮(国施設)に災害があっても、三災七難とは思えませんしね。(笑)
 現代日本は、日蓮大聖人ご在世と変らないぐらいの謗法状態なのでしょう。
 ですので、家族・友人・知人を「聖人・賢人」にしましょう。

 我が国土を「王舎城」にすれば三災七難は起りません。
 今の我々の戦いは、まさにその王舎城の構築ではないでしょうか?
 決して災害をオカルト的に不安を煽って、言うのではありません。
 災害の被災者を他人事としてしまえば、日蓮大聖人ともっとも遠い人になるのではないでしょうか?
 この世の不孝を我が事と捉え、如説修行に邁進する。
 目の前にある危機に敏感になりましょう。
 諸法実相ですかから、「災害」という契機に行動する事に自己成長と他者救済があると思います。
 厳しい世相、不安な将来、等など学会員でなくとも苦悩はいっぱいです。
 世間の苦悩を取り除く修行が出来ると思えば、むしろチャンスなのでは?

 今しか出来ない修行をし「羲農の世」を作りましょう。