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2009/02/11  きょう、戸田第2代会長生誕の日

社説
偉大な師弟の闘争に学べ!

 「戸田先生は世界に二人とない大指導者です。私は若輩ですが、どこまでも戸田先生についていきます。皆さんも、どんなことがあっても、信心から離れず、戸田先生についていきなさい」
 1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」で、京都・舞鶴から駆けつけた友に、池田室長は、こう語った。
 連載「若き指導者は勝った 池田大作――その行動と軌跡」に記された一幕である。
 連載では、今回、初めて明らかとなった秘話やエピソードを満載し、知られざる真実に迫ると同時に、戸田城聖第2代会長の実像も浮かび上がらせてきた。

”必ず会長に”-誓願と苦闘

 池田青年という新入社員を採用し、「来年から来い」としながら、出勤日も定めなかった豪胆さ。
 「今は貧乏でも心配するな。そのうち聖徳太子(当時の千円札)がオイッチニー、オイッチニーと行列を作って家に入ってくるぞ」等と、幾十万の庶民を励まし続けた慈悲――。
 なかでも、50年(同25年)8月、戸田会長が、最悪の事態を迎えた時のエピソードは胸に迫る。
 当時、理事長職にあった戸田会長が、事業の営業停止から、理事長の辞意を表明する。その戸田会長に、こう誓う一人の青年がいた。
 「戸田先生に必ず創価学会の会長になっていただきます。そのために私が全力で戦い、お守りします」
 その青年こそ、池田名誉会長であった。名誉会長の生命を削るような苦闘の積み重ねによって、事業の苦境、後を襲った最高幹部の邪心等を打ち破り、戸田第2代会長が誕生したのである。

師の構想を一つ残らず実現

 きょう2月11日は、109年前に、不世出の民衆指導者である戸田会長が生誕した記念日である。
 45年(同20年)7月、不敬罪および治安維持法違反の容疑で捕らわれていた戸田会長は、生きて牢獄を出て学会を再建。「地球民族主義」の提唱、「原水爆禁止宣言」、「75万世帯の達成」……師・戸田会長の構想を、弟子・池田名誉会長は一つ残らず実現した。偉大な弟子ありて偉大な師匠あり、であったのだ。
 「青年・勝利の年」の年初を飾った「若き指導者は勝った」(連載は今月4日付で終了)に学び、特に青年部は広布第2幕の「若き指導者」として、一日一日を雄々しく勝利していきたい。
2009年2月11日付聖教新聞

本日、5件回ってなんとか新聞1部1P取りました。
3/1までに本流も決めるぞ!

2009/02/11  代表代行って誰でもなれるの?

民主党菅直人代表代行、近世滅多にいないタイプの政治家です。
公党の代表にまでなりながら、ここまで資質のない政治家も珍しい。

傑作の動画があります。制作者の方はセンスがありますね。スバラシイ!!

【笑ってはいけない】菅直人の予算委員会【09.02.04】

なにがスゴイかって登壇全てがオチの前振りになっている。
芸人になった方が良いかもよ?

最近、政治ネタが多くてスミマセン。

2009/02/10  指導を受ける姿勢

信心をしていると行き詰まり悩みますね。
そこでよく「指導を受けよう」と言われませんか?

そもそも学会の言う「指導」とは何なのでしょう?

小野不一さんの創価王道指導主義に次の様にある。
 創価学会は指導主義である。つまり、“御本尊を拝もうではないか”と御本尊を指し示していくことが指導である。御本尊とは何かと説明することは第二義でよい。それよりも、具体的な実践活動を教え、題目をしっかりあげさせることが指導なのである。
『指導メモ』 1966-06-01発行
学会は信心根本。
信心即生活です。
悩み苦しい時は題目を上げていても空回りする時もあります。

解決の為に焦ったり、世法に走ったりします。
世法に解決を求めては信仰者で無くなってしまいます。

私は我が強く二世なのもあって、指導が中々受けられませんでした。
これは自分が臆病なのと、妙なプライドからでした。
今考えると、素直に指導を受ければ良かった、と思います。

指導を受ける人に何を求めて指導を受けるのか?
「結局は題目を上げようしか言わない」「言われる事は判っている」「やっぱり受けるんじゃなかった」など、怨嫉してはいけない。
指導をする幹部だって人間です。間違った事を言うかもしれません。
大事なのは『自分』の信心の姿勢がどうなっているか?です。

特殊な仕事をしている人の指導で仕事のアドバイスはしてくれません。当然でしょ!

幹部(他人)から見ての「信心の姿勢」をチェックしてもらうのが指導です。
祈り方が間違っている。(愚癡や後ろ向きな信心)
祈っていても行動をしていない。(他力本願な祈り)
具体的な目標がない。(いついつまでに解決する)
世法で考えている。(なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし)
などなど、自分では気がつかない信心の姿勢が判ります。

指導を受けても宿業がありますから、また元に戻ったりしますので何回でも指導は受けましょう。

というか、指導はドンドン受けて行きましょう。(指導を受ける事自体で安心しては駄目だけどね)

指導を受けるにも、幹部を選んだり、何人にも指導を受ける人がいますが良い傾向ではないですよ。
私の経験上、「ああ、あの幹部はキツイ事言うし、正直へこむんだよな~」って人から指導を受けた方が良いですね。
「いいよ、いいよ」と優しい指導よりは、やっぱり命への指導の刺さり具合が違うので、結果として早い解決になります。
戸田先生、池田先生の指導はやっぱりキツイ指導だそうですよ。
キツイ指導の裏には「慈悲」がありますから的確ですよ。

2009/02/09  政治家の評価

私は政治家の評価は「なにを成したか?」だと思います。
「何もしていない」と批判するには少し時間が足りない。

後10数年後に「何もしなかった」と評価するのが妥当で、就任半年に満たない首相を「やるやる詐欺」だとか言うのは間違っている。
例えば「明日までに契約を10件取ってこい」は無理な評価ですが「先月は1件しか契約取らなかったね」と評価するのが当たり前です。

最近のマスコミは首相の揚げ足取りばかりで、発言の一部分だけを切り取って報道する。
民主党の不祥事なんかは報道しない。明らかに不公平だ。

今回の麻生の発言も映像では9分20秒頃の答弁で「私の担当ではない」(見直しする立場にない)と見直し権限が無い旨を発言してます。
それなのに筒井は「総理の考えを言って下さい、逃げないでください」としつこく言質を取ろうとしている。

麻生も誘導されて「見直し」や「反対だった」発言をしてしまい、今日の午前に「(政府の)委員会で検討している最中で、話を受ける立場だ」と発言を訂正している。

閣僚が始めは反対意見でのちに賛成になる事なんて普通にあるし、郵政の時だけの事例じゃないよ。

閣僚だった人が軽々しく反対だったと言ってはいけない、との意見は少しは納得できるが全面的には賛成できない。
これを許すと閣僚は反対意見が言えなくなる。これこそ民主主義の滅亡だ。
マスコミの前では無口な閣僚が増える事になる。

それに政治家は政策で評価すべきであって、ここ最近の内閣が出した決定で失策はあったのでしょうか?

貴方は、明日までに契約を10件取れない時(経済対策ができないのは民主党の為)は辞めろと言われて納得できますか?

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