2008/10/26 事故・ケガに注意しましょう。
当たり前なのですが、さぁ、頑張ろうって時に限って魔が出ます。
本来ならば、記事を投稿する予定でしたが、右腕の肉離れをしました。右腕が上がりません。(:_;)
ちょっと、養生します。申し訳ありません。2~3日で復帰します。
本来ならば、記事を投稿する予定でしたが、右腕の肉離れをしました。右腕が上がりません。(:_;)
ちょっと、養生します。申し訳ありません。2~3日で復帰します。
開目抄 上
「外典・外道の四聖・三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫・其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし」(P188)
一念三千法門と仰せです。
「法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、譬えば春夏田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す」(P416)
如説修行抄末法では如説修行とは「折伏」になります。
「一乗流布の時は権教有つて敵と成りて・まぎらはしくば実教より之を責む可し、是を摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり、天台云く「法華折伏破権門理」とまことに故あるかな、然るに摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば冬種子を下して春菓を求る者にあらずや、鷄の暁に鳴くは用なり宵に鳴くは物怪なり、権実雑乱の時法華経の御敵を責めずして山林に閉じ篭り摂受を修行せんは豈法華経修行の時を失う物怪にあらずや」 (P503)
法華初心成仏抄
「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり 」(P552)