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2011/09/06  青年教学1級 開目抄第32段「脱益の三徳を明かす」

 久遠実成の釈尊こそ、一切衆生の主師親。

第32段「脱益の三徳を明かす」
 此の過去常顕るる時・諸仏皆釈尊の分身なり爾前・迹門の時は諸仏・釈尊に肩を並べて各修・各行の仏なり、かるがゆへに諸仏を本尊とする者・釈尊等を下す、今華厳の台上・方等・般若・大日経等の諸仏は皆釈尊の眷属なり、仏三十成道の御時は大梵天王・第六天等の知行の娑婆世界を奪い取り給いき、今爾前・迹門にして十方を浄土と・がうして此の土を穢土ととかれしを打ちかへして此の土は本土なり十方の浄土は垂迹の穢土となる、仏は久遠の仏なれば迹化・他方の大菩薩も教主釈尊の御弟子なり、一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月の・国に大王の・山河に珠の・人に神のなからんが・ごとくして・あるべきを華厳・真言等の権宗の智者とをぼしき澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往・権宗の人人・且は自の依経を讃歎せんために或は云く「華厳経の教主は報身・法華経は応身」と・或は云く「法華寿量品の仏は無明の辺域・大日経の仏は明の分位」等云云、雲は月をかくし讒臣は賢人をかくす・人讃すれば黄石も玉とみへ諛臣も賢人かとをぼゆ、今濁世の学者等・彼等の讒義に隠されて寿量品の玉を翫ばず、又天台宗の人人もたぼらかされて金石・一同のをもひを・なせる人人もあり、仏・久成に・ましまさずば所化の少かるべき事を弁うべきなり、月は影を慳ざれども水なくば・うつるべからず、仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁うすければ八相を現ぜず、例せば諸の声聞が初地・初住には・のぼれども爾前にして自調自度なりしかば未来の八相をごするなるべし、しかれば教主釈尊始成ならば今此の世界の梵帝・日月・四天等は劫初より此の土を領すれども四十余年の仏弟子なり、霊山・八年の法華結縁の衆今まいりの主君にをもひつかず久住の者にへだてらるるがごとし、今久遠実成あらはれぬれば東方の薬師如来の日光・月光・西方阿弥陀如来の観音勢至・乃至十方世界の諸仏の御弟子・大日・金剛頂等の両部の大日如来の御弟子の諸大菩薩・猶教主釈尊の御弟子なり、諸仏・釈迦如来の分身たる上は諸仏の所化申すにをよばず何に況や此の土の劫初より・このかたの日月・衆星等・教主釈尊の御弟子にあらずや。
 このように過去常(釈尊が久遠の過去に成仏して以来、仏として婆婆世界に常住してきたこと)が明らかにされた時、諸仏は皆、釈尊の分身であ ることになった。
 爾前経や法華経迹門の時は、諸仏は釈尊と肩を並べた対等の仏で、おのおのの修行をして悟りを得た仏であった。そのため、諸仏を本尊とする者は釈尊ら他の仏を見下していた。
 ところが寿量品が説かれた今は、華厳経に説かれる台上の慮舎那仏も、方等経・般若経・大日経等に説かれる諸仏も皆、釈尊の春属であるということになったのである。
 釈尊は、30歳で成道された時に、大梵天王と第六天の魔王らが所有し治めていた裟婆世界を奪い取り、釈尊の国土とされた。
 しかし今は、爾前経や迹門において、十方の世界を浄土と名づけ、この裟婆世界を穢土と説かれていたのを打ち返して、この裟婆世界こそが釈尊の本国土であり、十方の浄土は垂迹の穢土となったのである。
 寿量品の釈尊は久遠の仏なので、迹化・他方の大菩薩も、教主釈尊の弟子である。
 一切の経の中に、この寿量品がなければ、天に太陽と月がなく、国に大王がなく、山河に宝珠がなく、人に魂がないようなものである。
 それなのに、華厳宗や真言宗などの権教の智者と思われている澄観・嘉祥・慈恩・弘法らの、一往の権教に基づく宗の人々は、自らの依り所とする経を讃嘆するために、次のように言っている。
 すなわち華厳宗では、「華厳経の教主が報身であるのに対して、法華経の教主は応身仏で劣っている」と言っている。
 あるいは真言宗では「法華経寿量品の仏はまだ無明惑を断ち切っていない境涯であり、大日経の仏は明の分位(悟りを得た境地)である」などと言っている。
 雲は月を隠し、讒言をする臣下は賢人を隠してしまう。人がほめれば、ただの黄色の石も宝玉と見え、こびへつらう臣下も賢人かと思われるものである。
 今、末法濁世の学者らは、澄観らの正法誹誇の邪義に惑わされて、寿量品の宝珠を見失い、それを愛玩することがない。
 また、法華経を依経とする天台宗の人々の中にも、彼らにたぶらかされて、黄金とただの石を同じだと思いこんでしまっている人々がいる。
 仏が久遠実成の仏でないならば、その仏から化導を受ける弟子も少ないはずであることをわきまえるべきである。
 月はその影を映すことを惜しまないが、水がなければ映ることができない。それと同じく、仏が衆生を化導しようと思っても、結縁がうすければ、仏は八相(下天・託胎・出胎・出家・降魔・成道・転法輪・入涅槃)を現じて化導することができない。
 たとえば、もろもろの声聞は、修行して初地・初住の位までのぼっても、爾前経の時に自分の悟りを得るためだけの修行をしていたので、彼ら自身が八相を現ずるのは未来世を待つしかなかった。
 よって、教主釈尊が始成正覚の仏であるならば、今、この裟婆世界の梵天や帝釈天、日天、月天、四天王らは、この世界の成り立った初めからこの世界を治めているけれども、わずか40余年間の仏弟子であるにすぎない。
 まして、霊鷲山での8年間で法華経に結縁した衆生などは、新参者が主君になじまず、古くからいる者によって隔てられているようなものであろう。
 今、久遠実成が顕されたので、東方世界の仏である薬師如来の脇士である日光菩薩・月光菩薩、西方世界の仏である阿弥陀如来の脇士である観音菩薩・勢至菩薩、あるいは十方世界の諸仏の弟子、大日経・金剛頂経などの金剛・胎蔵両部の大日如来の弟子である諸大菩薩なども、すべて教主釈尊の弟子となったのである。
 諸仏が釈迦如来の分身である以上は、この諸仏により化導された弟子も釈迦如来の弟子であることはいうまでもない。
 ましてや、この裟婆世界が成り立った最初から住んでいる日月、多くの星などが、教主釈尊の弟子であることはいうまでもないことである。

 寿量品によって、釈尊が久遠の過去に成仏して以来、ずっと仏として、この裟婆世界で説法教化してきたことが明らかになった。
 それまでは、ほかの仏たちは釈尊と肩を並べていたが、「今」寿量品が説かれたことによって、釈尊の立場が、ぐ-んと飛び抜けて、他の仏たちは釈尊の家来みたいな立場になったのだ。
 そういう意味で、一切経のなかで、寿量品こそ魂の存在なのです。

2011/09/05  青年教学1級 開目抄第23段「疑いを挙げて法華経の行者なるを釈す」

 それでも信じられない。

第23段「疑いを挙げて法華経の行者なるを釈す」
 但し世間の疑といゐ自心の疑と申しいかでか天扶け給わざるらん、諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者には・さるになりとも法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓言を・とげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身・法華経の行者にあらざるか、此の疑は此の書の肝心・一期の大事なれば処処にこれをかく上疑を強くして答をかまうべし
 ただし世間の疑いとして、また自身の心から生まれる疑いとして、日蓮が法華経の行者であるなら、どうして諸天善神はこれを助けないのか。諸天らの守護神は、仏の御前での誓いがある。
 法華経の行者に対しては、たとえ猿であったとしても法華経の行者というならば、早々に仏前での誓いを成就しようと思われるべきであるのに、その義がないのは、我が身が法華経の行者ではないからであろうか。
 この疑いは、この書(開目抄)の肝心かなめであり、日蓮の一生の大事であるから、繰り返しこれを書き、疑いを強くし、その上で答えを示そう。

 この段が開目抄のテーマ。
 それにしても、諸天が日蓮を守護しないのはどういうわけだ、と疑っている人もいる。
 諸天善神は、猿になっても法華経の行者を守護すると誓ったはず。
 この疑いは、この書の肝心であり、私の一生の大事であるから、繰り返しこれを書き疑いを強くし、その上で答えを示そう。

 このように開目抄は、疑惑や疑問を重ねられて徹底的な理解が得られるように書かれている。

 <第24段以降は、二乗や菩薩たちは法華経のおかげで成仏できたんだから、法華経には深い恩があり、法華経の行者を守護すべきであることが記される。
 とくに次の31段以降は、菩薩が法華経に恩があることを言う>

2011/09/05  青年教学1級 開目抄第22段「経文に符合するを明かす」

 日蓮大聖人こそ法華経を身で読んでいる。

第22段「経文に符合するを明かす」
 されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし、定んで天の御計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸天・善神等の此の国をすてて去り給えるか・かたがた疑はし、而るに法華経の第五の巻・勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほとをど世尊は大妄語の人・八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし、経に云く「諸の無智の人あつて・悪口罵詈等し・刀杖瓦石を加う」等云云、今の世を見るに日蓮より外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は妄語となりぬ、「悪世の中の比丘は・邪智にして心諂曲」又云く「白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し」此等の経文は今の世の念仏者・禅宗・律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、常在大衆中・乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等・日蓮を讒奏して流罪せずば此の経文むなし、又云く「数数見擯出」等云云、日蓮・法華経のゆへに度度ながされずば数数の二字いかんがせん、此の二字は天台・伝教もいまだ・よみ給はず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖悪世中の金言の・あふゆへに但日蓮一人これをよめり、例せば世尊が付法蔵経に記して云く「我が滅後・一百年に阿育大王という王あるべし」摩耶経に云く「我が滅後・六百年に竜樹菩薩という人・南天竺に出ずべし」大悲経に云く「我が滅後・六十年に末田地という者・地を竜宮につくべし」此れ等皆仏記のごとくなりき、しからずば誰か仏教を信受すべき、而るに仏・恐怖悪世・然後末世・末法滅時・後五百歳なんど正妙の二本に正しく時を定め給う、当世・法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん、南三・北七・七大寺等・猶像法の法華経の敵の内・何に況や当世の禅・律・念仏者等は脱るべしや、経文に我が身・普合せり御勘気をかほれば・いよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、此れも又かくのごとし当時の責はたうべくも・なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦びなり。
 そうである(法華経を末法に弘通して前代未聞の難にあっている)から、日蓮が法華経の法理を理解する智慧は天台大師や伝教大師には千万分の一にも及ばないけれども、難に耐え、慈悲が優れていることについては、誰もが恐れさえ抱くであろう。
 きっと諸天善神の配慮にもあずかるだろうと思うのであるが、少しの兆候もない。いよいよ重罪に陥れられている。ひるがえって、このことを考えてみると、我が身が法華経の行者ではないということなのか。また、諸天善神らがこの国を捨てて去ってしまっているということなのか。さまざまに疑わしいことである。
 しかしながら法華経の第5巻の勧持品の二十行の偈は、日蓮がこの国に生まれなければ、ほとんど釈尊は大嘘つきの人となってしまうのであり、80万億那由他の菩薩たちは提婆達多と同じ嘘つきの罪に堕ちてしまうにちがいない。
 法華経には「仏法に無知な多くの人がいて、法華経の行者に対して、悪口し罵倒し、刀や杖や瓦や石で攻撃してくる」(勧持品の二十行の偈のうち、俗衆増上慢の箇所)とある。今の世の中を見てみると、日蓮以外の諸僧の誰が、法華経のことで多くの人たちに悪口をいわれ罵倒され刀や杖などで攻撃されているだろうか。日蓮がいなければこの一偈に示された未来の予言はウソになってしまったところである。
 「悪世の中の比丘は邪智で心は諂い曲がっている」(同、道門増上慢の箇所)とある。また「在家の人の歓心を買うために法を説いて、世間で尊敬されているさまは六つの神通力を得た阿羅漢のようである」(同、僧聖増上慢の箇所)とある。これらの経文は、今の世の念仏者や禅宗・律宗などの法師がいなければ、釈尊はまた大嘘つきである。
 さらに「常に人々の中にいて(中略)国王、大臣、婆羅門、居士などに対して(法華経の行者の悪口をいう)」(同)等とある。今の世の僧らが日蓮のことを讒言して流罪に陥れていなければ、この経文も空しいものとなっていた。
 また「数数所を追われる」等とある。日蓮が法華経のゆえに度々、流されていなかったら、この「数数」という2字はどう考えればいいのだろう。
 この2字は、天台・伝教ですらまだ身で読んでいない。まして他の人はいうまでもない。今が末法の始めである証拠として、「恐ろしい悪世の中で」という仏の言葉が的中しているからこそ、ただ日蓮一人だけがこの経文を身で読んだのである。
 例を挙げれば、釈尊が付法蔵経に記していうには「私の滅後、100年たった時に、阿育大王という王が出現するだろう」と。また摩耶経には「私の滅後、600年には、竜樹菩薩という人が、南インドに生まれるだろう」と。大悲経には「私の滅後60年には末田提という者が、その土地に竜王の伽藍を築くであろう」と。これらはすべて皆、仏が予言したとおりに実現した。そうでなければ、誰が仏教を信受したであろうか。
 そして、仏は、「恐ろしい悪世」(勧持品)、「しかるに後の末の世」(正法華経)、「末の法滅の時」(安楽行品)、「後の五百年」(薬王品)などと説き、正法華経・妙法蓮華経の二つの漢訳本のどちらをみても、明確に時を定められている。
 (その末法である)今の世に法華経に説かれた三類の強敵がなければ、誰が仏説を信受するだろうか。日蓮がいなければ誰を(仏がその出現を予言した)法華経の行者であると定めて、仏の言葉が真実であると証明し助けることができようか。
 中国の南三北七の僧や奈良の7大寺の僧でさえも、(それぞれ天台や伝教に敵対したゆえに)像法の法華経の敵に含まれる。まして、(末法の法華経の行者を迫害している)当世の禅・律・念仏の徒らは法華経の敵と呼ばれるのを免れることはできない。
 経文の予言に、我が身が符合している。それ故、幕府から迫害を受ければ、いよいよ喜びが増してくる。たとえば、小乗経の菩薩でまだ煩悩を断じ切っていない者が願兼於業といって、つくりたくない罪であるけれども、父母らが地獄に堕ちて大苦を受けているのを見て、決まった形式の通り同じ業をつくって自ら願って地獄に堕ちて苦しみ、父母たちの苦しみに代われることを喜びとするようなものである。
 日蓮もまたこれと同じである。今現在の責めは耐えがたいほどの苦であるが、来世に悪道に堕ちることを免れることができるであろうと思えば、喜びである。

 日蓮は、法華経を理解する智慧が天台・伝教に及ばないとしても、難に耐え、慈悲がすぐれていることは、恐れさえ抱くであろう。
 それなのに諸天の加護がないのは、どうしたわけだ。
 法華経の勧持品には三類の強敵が説かれている。
 日蓮がいなければ、釈尊は大うそつきになってしまったであろう。
 『法華経の行者は、しばしば所を追われる」と書いてある。
 私は法華経のゆえに、たびたび流された。
 私がいなければ、この法華経の「しばしば(数数)』の文字は、どうなったのか。

 ※三類の強敵…第38、40、41段で詳しく。

2011/09/05  青年教学1級 開目抄第21段「略して法華経行者なるを釈す」

 法華経に書いてる通りの難に遭っている。

第21段「略して法華経行者なるを釈す」
 既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人なんど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし。
 法華経の第四に云く「而も此経は如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」等云云、第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、又云く「諸の無智の人の悪口罵詈する有らん」等、又云く「国王・大臣・婆羅門・居士に向つて誹謗し我が悪を説いて是れ邪見の人なりと謂わん」と、又云く「数数擯出見れん」等云云、又云く「杖木瓦石もて之を打擲せん」等云云、涅槃経に云く「爾の時に多く無量の外道有つて和合して共に摩訶陀の王・阿闍世の所に往き、今は唯一の大悪人有り瞿曇沙門なり、一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属と為つて能く善を修せず、呪術の力の故に迦葉及び舎利弗・目ケン連を調伏す」等云云、天台云く「何に況や未来をや理化し難きに在るなり」等云云、妙楽云く「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く」等云云、南三・北七の十師・漢土無量の学者・天台を怨敵とす、得一云く「咄かな智公・汝は是れ誰が弟子ぞ三寸に足らざる舌根を以て覆面舌の所説を謗ずる」等云云、東春に云く「問う在世の時許多の怨嫉あり仏滅度の後此経を説く時・何が故ぞ亦留難多きや、答えて云く俗に良薬口に苦しと云うが如く此経は五乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ、故に凡を斥け聖を呵し大を排い小を破り天魔を銘じて毒虫と為し外道を説いて悪鬼と為し執小を貶して貧賎と為し菩薩を挫きて新学と為す、故に天魔は聞くを悪み外道は耳に逆い二乗は驚怪し菩薩は怯行す、此くの如きの徒悉く留難を為す多怨嫉の言豈唐しからんや」等云云、顕戒論に云く「僧統奏して曰く西夏に鬼弁婆羅門有り東土に巧言を吐く禿頭沙門あり、此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑す」等云云、論じて曰く「昔斉朝の光統に聞き今は本朝の六統に見る、実なるかな法華に何況するをや」等云云、秀句に云く「代を語れば則ち像の終り末の始め地を尋ぬれば則ち唐の東羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、経に云く猶多怨嫉・況滅度後・此の言良に以有るなり」等云云、夫れ小児に灸治を加れば必ず母をあだむ重病の者に良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう、在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし、像法の中には天台一人法華経・一切経をよめり、南北これをあだみしかども陳隋・二代の聖主・眼前に是非を明めしかば敵ついに尽きぬ、像の末に伝教一人・法華経一切経を仏説のごとく読み給へり、南都・七大寺蜂起せしかども桓武・乃至嵯峨等の賢主・我と明らめ給いしかば又事なし、今末法の始め二百余年なり況滅度後のしるしに闘諍の序となるべきゆへに非理を前として濁世のしるしに召し合せられずして流罪乃至寿にも・をよばんと・するなり。
 (建長5年に立宗宣言して以来)すでに20年余りの間、この法華経の法門を申してきたが、日々、月々、年々に難が重なっている。
 少々の難は数知らず、大きな難が4度あった。そのうち2度は、しばらくおいておく。国の権力者による迫害はすでに2度に及んでいる。
 特にこのたびの迫害は、私の命に及ぶものであった。
 そのうえ、弟子といい、檀那といい、わずかに法門を聞いただけの在家の人などまで、重い罪に処せられた。まるで謀反などを起した者のようであった。
 法華経第4巻の法師品には「しかも、この法華経を弘める人に対しては、釈尊の在世ですら、怨みやねたみを懐く者が多い。まして、釈尊の滅後、末法においてはなおさら迫害があるであろう」とある。
 第2巻の譬喩品には「法華経を読誦し、書写して受持しようとする者を人々が見て、軽んじ、卑しみ、憎み、ねたんで、うらみを抱くであろう」とある。
 第5巻の安楽行品には「法華経を弘めていこうとするなら、世間の一切の人々が、かたきのように思い迫害するので、信じぬくことは難しい」とある。
 また同じく第5巻の勧持品には「仏法に無智な多くの人が悪口をいい、ののしるであろう」とある。
 また同品には「(正法の行者を憎む悪僧たちは)国王や大臣、婆羅門や居士に向かって、法華経の行者を誹誇してその悪行・悪見を説き聞かせて、この者は邪見をいだいている者だ、と訴えるであろう」とある。
 また同品には「法華経の行者はしばしば住所を追われるだろう」とある。
 更にまた不軽品に「杖、木、瓦、石をもって、法華経の行者を打ちたたこうとするだろう」とある。
 涅槃経には「その時に、数え切れないほど、たくさんの外道の者がいて、結束して、摩訶陀国の王・阿闍世のもとに行き、”今、ただ一人の大悪人がいる。それは瞿曇沙門(釈尊)である。一切の世間の悪人が利を貧るために瞿曇沙門(釈尊)のもとに集まって仲間となって、善を修行しない。また、呪術の力で、迦葉や舎利弗や目連らを取り込み従わせている”と訴えた」とある。
 天台大師は『法華文句』の中で、法師品の文を解釈して「『釈尊在世ですら迫害があるのだから、まして未来はいうまでもない』と説かれているその意味は、滅後の未来は化導が難しいということである」と述べている。
 妙楽大師は『法華文句記』で、怨嫉について「求道を妨げるものがまだ取り除かれていないのを『怨』といい、正法を聞くことを喜ばないのを『嫉』というのである」と述べている。
 中国の南三北七の10派の師や、中国全土の無数の学者が、天台大師を怨敵として憎んだのである。
 日本でも、法相宗の僧・得一が「つたないかな智公(天台大師智ギ)よ。汝はいったいだれの弟子か・三寸にも足りない舌をもって、顔を覆うような広く長い舌で真実を自在に説いた仏の教えを謗っているとは」と非難した。
 (このように法華経の行者に迫害があることについて)天台大師の『法華文句』等を釈した智度法師の『東春』には、こう記している。
 「問う、釈尊在世の時にも多くの怨嫉・迫害があった。仏の滅度の後、この法華経を説く時にも難が多いのはなぜか。
 答えていうには、俗に『良薬、口に苦し』というように、この法華経は五乗へのこだわりを打破して、唯一究極の教えである妙法を立て、成仏することを説いているのである。
 それゆえに、六道の凡夫をしりぞけ、二乗以上の聖位のものを叱り、権大乗経を排斥し、小乗経を破折して、天魔を毒虫と言い切り、外道を悪鬼である。と断言し、小乗経に執着している二乗を心貧しくいやしいものとし、権大乗経の菩薩を責めて未熟な初心者にすぎないとするのである。
 そのため、天魔はこの法を聞くのを憎み、外道は反発し、二乗は驚きあやしみ、菩薩はおびえてしまう。
 これらの者たちすべてが法華経の行者に難を加えてくるのである。『怨嫉する者が多い』という経文の言葉が、どうして虚妄と言えるであろうか」と。
 伝教大師の『顕戒論』にはこうある。
 「奈良の僧たちを取り締まる僧統が天皇に上奏して言うには『西北インドに鬼弁婆羅門と呼ばれる論弁をもてあそぶ者がいた。東土の日本には巧みな言説を弄する僧まがいのものがいる。これらの同類の者がひそかに意を通じ合って世間の人々をたぶらかし惑わしている』と。
 この讒言に伝教が反論して言うには、『昔、中国の斉の時代に光統らが達磨に反対したという話があるが、今、日本国には南都六宗の輩が伝教を批判するのを見る。法華経に”いわんや仏の滅後には法華経の行者は更に迫害される”と説いているのは、実に本当のことである』と」
 また伝教大師の『法華秀句』には「法華経の大白法が広まる時代について語れば、それは像法の末、末法のはじめであり、その地を尋ねれば唐の東、羯の西であり、その人々について探り求めてみると、五濁の中で生まれた人々であり、正法が見失われて争いが盛んな時である。
 法華経には『釈尊の在世ですらなお怨嫉する者が多い。まして滅後にはもっと甚だしい』とある。この言葉は、実に理由のあることである」とある。
 そもそも小さな子どもに灸の治療を行うと、必ず母を憎む。重病の者に良薬を与えると、きっと口に苦いといやがる。
 これと同じく、釈尊の在世でさえ、人々は法華経に対して怨嫉が多かった。
 ましてや像法・末法、更に日本のような辺地においては、なおさらである。
 山の上に山を積み重ね、波の上に波を重ねるように、難に難を加え、非に非を増すであろう。
 像法時代の中では、天台大師ただ一人が法華経、一切経を正しく読んだ。
 南北の諸派がこれを憎んだけれども、陳の宣帝と隋の楊帝という2王朝の優れた王が直接、教えの是非を明らかにしたので、敵はついにいなくなった。
 像法時代の終わりには、伝教大師ただ一人が法華経、一切経を仏の教えの通りに読まれた。
 これに反発して奈良の7大寺が蜂起したが、桓武天皇から嵯峨天皇までの賢明な君主が自ら正邪を明らかにしたので、伝教大師の場合も事なきを得た。
 今、末法のはじめ200年余りである。「況滅度後」の世の前兆であり、闘諍の世の始まりであるがゆえに、理不尽なことがまかり通り、濁った世である証拠に、日蓮には正邪を決する場も与えられず、むしろ流罪になり、命まで奪われようとしている。

 立宗宣言以来、これまで20年あまりたったが、難に次ぐ難の連続だった。
 そのうち、大きな難は4回。
 その中でも権力による迫害は2回(伊豆流罪と佐渡流罪)法華経や天台・伝教らの言ったとおりの難に遭っている。

 二度の王難……伊豆・佐渡の二度の流罪のこと。

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